コロナ禍で見えてくるこころの健康に必要なもの

大阪精神医学研究所 新阿武山病院 院長

岡村武彦

2020年は新型コロナウイルス感染症(covid-19)が世界的に大流行し、私たちの生活に大きな影響や変化を与えました。サッカーが大好きで日常生活の一部になっている私にとって、緊急事態宣言が発令されてからは、ボールを蹴ることができず、(かなり熱狂的に)応援しているガンバ大阪の試合を観に行くこともできず、海外の試合もなくなったのでそれも楽しめず、生活に大きな穴があいたような状態になりました。するとどうでしょう。睡眠は摂っているはずなのにぐっすり寝た感じに乏しく、いつもより疲れやすく感じ、時間が漫然とモノトーンに流れていくような感覚にいつの間にか陥っていました。

私たちの日常生活で費やす時間は、睡眠、食事、排泄といった動物的時間、仕事や学業などの社会的時間、スポーツや音楽などレジャー・趣味・余暇といった文化的時間の大きく3つに分類することができます。仕事や子育て、人との関わりといった一定のリズムで毎日決まって行ってきた社会的時間が、感染拡大によって失われ制限されると、体内時計が変調をきたすことで睡眠や食欲、つまり動物的時間に影響を与えます。そのことで元気がなくなったり意欲が出ないなど心身に不調をきたしやすくなり、“コロナうつ”と呼ばれたりもしています。それを少しでも癒すために、本来はスポーツや音楽などの文化的活動の時間があるのですが、それさえも感染リスクを下げるために自粛を余儀なくされています。

精神科の日々の臨床の中で、「眠れない」「食欲がない」「仕事にいけない」「家事ができない」「(スポーツや音楽などを)楽しめない」などといった患者さんの訴えはよく聞かれる内容で、それらの情報をもとに診断や治療を考えていきます。言い方を変えれば、こころの病のため日常生活の時間は大きく阻害され、治療の経過とともに再びその流れを取り戻していくということになります。とりわけ最も人間的な自由な時間である文化的時間は、精神科リハビリテーションにおいて自立や社会参加の重要な柱になります。これら3つの時間を問題なく有意義に使うことができている患者さんは、リカバリー(回復)していると言ってもよいでしょう。そのリカバリーには、症状が軽くなり、仕事や学校に行けるようになるといった医療者側が考える客観的要素とともに、最近は、個人的な自信や希望、目標などパーソナルリカバリーと呼ばれる患者さんの主観的要素も大切と考えられています。パーソナルリカバリーは、人との関わり、将来への希望、生活の充実感など含めた人生観なども入っており、これは文化的時間を有意義に過ごすことと重なっています。 感染症のパンデミックは人類の健全な“時間の流れ”を脅かすものであり、特に文化的時間の制限がこころの健康に与える影響は計り知れません。これを書いている時点では、まだまだコロナ禍は収まっていませんが、こころの健康を維持するために、なるべく規則正しい生活を送り、できる範囲で仕事や家事をこなし、収束後の文化的活動再開に備えて今から少しずつ準備しておくことが大切と思います。私も収束後にサッカーができるように、時間を見つけてランニングや筋トレをしていこうと思っています。そして、ユニフオームを身につけてスタジアムに出向き、大きな声でチャント(応援歌)を歌える日々が再び訪れること、それこそが楽しみであり希望でもあるのです。